014663 ランダム
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ENJOYroom!?

ENJOYroom!?

草原に立つ少女

主人公?=ココ 少女=エル



地響きのような慟哭が響いていた。
屈強であったはずの戦士達の、無力な亡骸を踏み潰しながら、
勝ち誇るように、嘲るように、そして何事もなかったかのように
地竜の咆哮が、血の海と化した洞窟に響き渡っていた。

薄れ行く意識の中で、死の訪れを待ちながら
俺は、美しい草原を思い出していた。
エルと遊んだ、あの懐かしい草原を・・・。
穏やかな風が吹き、ゆれる草花が、やわらかい日差しにキラキラと輝く
遠い記憶に残る、あの草原を・・・


その日、城では大規模な戦争が行われていた。
「ココ!外に出ちゃダメよ!」
母の声を背中に聞きながら、俺はいつものように駆け出していた。

戦争の日が好きだった。
町には人気がなくなり、うるさい大人がいなくなる。
“小僧、小僧”とやかましい、鍛冶屋の爺さんもこの日ばかりは城内に借り出されている。
俺は兵士の眼を盗み、城壁の秘密の抜け穴から町を出た。

町を囲む外壁と内壁の間にある草原
ここにくると俺は、こっそり持ち出した父の小剣で、小さなモンスターを相手に剣の修行の真似事をしていた。
母は何故か、俺が剣を持つ事をあまり好まなかった。

いつものようにゴブリンを夢中で追い掛け回していると、周りの景色がいつもと少し違うことに気が付いた。
「ちょっと遠くに来過ぎたかな、そろそろ帰ろう」
少し怖くなった自分をごまかすようにつぶやいて、今来た道を引き返そうとした時
「ドスッ」背中に衝撃が走り、一瞬息が出来なくなった。
インプ!?
しつこく追い回してくるインプを引き離そうと、俺は全速力で走りだした。
「後ろから来るなんて、卑怯なやつだ!」
不意を衝かれて少し慌てていた俺は、木陰に隠れていたもう一つの影に全く気が付いていなかった。
「ドス、ドスッ」
突然の激しい痛みにバランスを失い、俺は激しく転倒した。
平衡感覚を失い、すぐには立ち上がることも出来ず、
額から血が流れるのを感じながら、「ザッ、ザッ」と近づく足音を聞いていた。
音のするほうへ視線をやると、マジシャンインプが気味悪い笑みを浮かべて近づいていた。
「あぁ・・・ダメだ、・・・父さん」
薄れ行く意識の中、戦争で死んだ父のことを思っていた。
幼かった俺に、父の死の記憶はない。
ただ、誰もが父のことを“勇敢な騎士だった”と俺に話して聞かせた。

気味悪いマジシャンインプの顔が目の前にあった。
舌なめずりをして俺に止めを刺そうとしている・・・
完全に意識を失う直前、蒼い閃光が見えた。
「ギャゥ!」
醜い顔をいっそう醜く歪めて、倒れ行くマジシャンインプの向こうに
可愛らしい少女が立っていた。

2

それが彼女との初めての出会いだった。

「今のライトニングだよね?すごいや!」
俺は、少女のくれた水液のおかげですっかり体力が戻り
ついさっきまで死の恐怖に怯えていたことなど忘れて、少女に夢中で話しかけていた。
「俺はココ、君は?どこから来たの?」
「私はエル、あっちの方から来たの」
少女は北の方角を指差していた。ドラゴンの棲家の方向を・・・。
俺の質問攻めに合いながら、エルは照れるように、時々はぐらかすように
でも丁寧に話をしてくれた。

普段はあまり外に出ないこと、人ごみが嫌いなこと、同い年だったこと、自分もこっそり抜け出して来たこと
時々モンスターに邪魔されながらも、エルとの会話は楽しかった。
何より彼女の魔法はすごかった。
11歳でライトニングが使えるなんて、聞いたことがなかった。
「またここで会おうよ」
そう言うと、彼女は照れくさそうに笑って
「うん」
と答えた。

頻繁に戦争が行われていたおかげで、二日に一回は町から抜け出せた。
エルはいつも同じ場所で待っていて、いつも同じ笑みをくれた。
「危ないから街で会おうよ」
いくらそう言っても
「そのうちね」
と笑って答えるばかりで、彼女は決して町に入ろうとはしなかった。

ある日、「ついて来て」という彼女に連れられて、いつもより遠くへと出掛けた
「これ以上北へ行くのは危ないよ」
臆病風に吹かれた俺はそう言いながら、「エルはいつも何処から来るんだろう」と考えていた。
小さな森へ入り少し歩くと、突然視界がひらけ、見た事もない草原が広がっていた。
穏やかな風が吹くその草原は、小高い丘になっていて、仰向けに寝転がると空に手が届きそうな気がした。
不思議とその草原には、モンスターは現れなかった。
「秘密の場所なの、ココと私だけの秘密よ」
「うん、二人だけの秘密の場所だね」
...嬉しかった。

一時の戦乱が治まりを見せ、町を抜け出すのに苦労しながらも
俺は、エルとそこでよく遊んでいた。
いつ行ってもエルはそこにいて、いない時でも、俺が行くとどこからともなくエルはすぐ現れた。
楽しくて、楽しくて、そんな毎日がいつまでも続くような気がしていた...




季節が冬を迎えようとしていたある日
「私、もうここに来れなくなるの」エルが寂しそうに言った。
「どうして!?遠くに行っちゃうの?」
突然の事で、俺はびっくりして大きな声を出した。
「ううん、そうじゃないけど、12歳になったら外で遊べないの...」
「じゃあ、俺がエルの家に遊びに行くよ!だったらいいだろ?」
「だめなの...もう、遊べないの...」
今にも泣き出しそうな彼女に、それ以上は言えなくなってしまった。
「誕生日はいつ?いつまで遊べるの?」
しばらく黙っていたエルが小さな声で答えた
「...今日、だから...今日が最後」
声が震えていた。頬をつたう涙が見えた。
もう、どうにもならない事を、彼女のその様子が示していた。
「俺の事、忘れるなよ」
俺の、精一杯の強がりだった
「絶対忘れない。ココも私のこと忘れないでね」
「忘れるもんか!」
最後の握手をした時、彼女がずっと指にはめていた指輪をくれた。
「ありがとう。いつかまた会えるよね?」

エルはそれには答えず、笑ったのか、泣いたのか、微妙な表情を浮かべてうつむいたまま背を向けた。
そして、現れる時と同じように、何処へともなく帰っていってしまった。
それ以来エルは、その草原に来る事はなかった。
いつしか俺は、草原への道も忘れてしまっていた。





まさか、あんな形で再開しようとは、あの頃は思いもよらなかった...


数年後、俺は小隊の指揮を任される騎士として城に仕えていた。
「ますます父親に似てきたな」
父をよく知る人達は、俺を見ると口々にそう言った。
俺は何故か、その人達の口調があまり好きではなかったが...。

その頃には戦争も少なくなり、腕を振るう機会を失った兵士達は苛立ちを隠せず
街で市民といさかいを起こす事も少なくなかった。
街の近くまで現れるようになっていたモンスターのおかげで、物資の流通が滞り
大きな街ほど物が不足していた。
その市民の不満は、兵士へと向けられていたのだ。

そんな中、兵士の憤りと剣の矛先は、いつの間にか竜討伐へと向かい
それは、市民の興味を誘い、いつしか止める事の出来ない潮流となっていった...

「永きに渡る戦乱で、放置された魔物は、今や街へと迫りつつあります。
 市民の信望を取り戻し、兵の不満を取り除くには大規模な魔物討伐しかありませぬ。」
元老院の意見の趨勢は決し、国王への進言が繰り返される中、遂に、王命が下された。

「ドラゴンの棲家に巣食う、地竜を討伐せよ!」

かつてない規模の大軍が編成された。
一攫千金を狙う者、ドラゴンスレイヤーとして名を馳せんとする者など、志願兵も少なくなかった。
俺は、若き小隊長として先遣隊の指揮を任される事となり、
その時に初めて、父が、地竜を目の当りにした数少ない者の一人であった事を聞かされた。

討伐に、“帰還の巻物”の携帯は許されず、まさに“決死の覚悟”を求められた。
「あわよくば」と冷やかしで志願した者の多くは、その時点で討伐隊より去っていったが、
それでも半分以上の兵士が残った。
それほど、国全体を包む“閉塞感”は深刻なものだった。

進軍の号令がなされたのは、雪の降る日だった。
地竜の活動が弱まるのを狙っての事だったが、はたして辿り着けるのかどうかも判らなかった。
もう、小指にしかはまらなくなった指輪を見ながら、俺は不思議とエルを思い出していた。
彼女が去った年の冬は、雪がよく降った事を覚えている。家からほとんど出る事なく過した冬だった。

先遣隊として、斥候の役目も担っていた俺の隊は、本隊からかなり離れて進軍していた。
渡された洞窟の地図は、かつて父とその仲間が作ったものだと言う。
俺は、生まれて初めて父と狩りに来ているような気がして楽しかった。
階層が深くなるにつれ、他の兵士に恐怖の色が濃くなっていく中、俺は父との狩りを心から楽しんでいた。

しかし、それも束の間、
サキュバスが現れるようになってからは、息つく暇もなく剣を振るわなくてはならなくなった。
他の兵士も恐怖を口にする余裕さえ失っていた。
「いつもと違う...」
洞窟を何度か訪れた事のあるウィザードが呟く
「数が、モンスターの数が多過ぎる。まるで我々を迎え撃つ為に待っていたようだ。」
確かに妙な気配が漂っていた。
先遣隊とはいえ、これだけの数の兵士が隊をなし、洞窟で狩りをすることは少ない。
なのに、サキュバス達は我々を見ても驚きもせずに襲い掛かってきた。

嫌な予感は的中した。




次の階層へ進んだ瞬間、隊は魔物に包囲されていた。本隊はまだ上の階層にいる...
前方に、明らかに統率された魔物の集団が対峙し、我々を見ている。
「ウィズは後方へ、ナイトは隊を崩さず、テレポートしてくる敵を各個撃破する。死ぬなよ」
視線を外さず、小声で指示を出した俺は、敵の後方にただならぬ気配を持つサキュバスを見つけた。
...サキュバスクィーンか

澄んだ歌声が聞こえたような気がした...

その瞬間、周囲が真昼のように明るくなり、数体のサキュバスが一斉にテレポートして隊を襲う
兵士の怒号、魔物の悲鳴、ウィザードの唱える魔法の声、飛び交う光、そして血飛沫
最初の犠牲者が出た瞬間、隊全体を恐怖が包み込み、兵士の表情が変わった。
恐怖のあまりテレポートした兵士が、運悪く魔物の中へ着地し、餌食となってしまった。

...まずい
「すぐに本隊が来る!持ちこたえろ!臆するな!」
俺は叫びながら隊の最前列よりさらに前方へ飛び出し、数対の魔物を切った。
隊がなんとか勢いを取り戻し、敵を押し込み始めたと思われた...
「隊長ー!」
自分を呼ぶ声に我に返ると、俺は飛び出し過ぎていた。
押し込まれていると見せかけ、敵は指揮官である俺を誘い込んだのだ
...やられた
退路を断たれ、完全に包囲された。後方では兵士の悲鳴が聞こえる...。

ゆっくりと目の前に現れたのは、あのサキュバスクィーンだった。
その状況では刺し違える事すら難しい。
「後方に大部隊の本隊がいる。戦っても無駄だ」
剣を収めながら話す俺に、相手は悲しそうな笑みを浮かべながら答えた。
「戦っても無駄なのは貴方がたの方です。地竜を倒そうなどと...、今すぐ帰りなさい」
俺は愕然とした
「馬鹿な!我々を止めに来たと言うのか?貴方は...」
確かに、彼女らに戦う意味などない。我々が地竜に踏み潰されるのを黙って眺めていればいいのだ。
...何故?
困惑する俺に、彼女は懐かしい声で言った
「指輪、まだ持っててくれたのね。お願い、帰って...ココ」

「エル!?エルなのか?」
頷きながら、エルはあの時と同じ涙を頬につたわせながら言った
「地竜はあなた達が思っているより遥かに強大です。お願い、死なないで」

魔女と呼ばれた彼女は、“俺と戦う”という唯一の方法で、俺の命を救おうとしていた。
...だが、もう遅い
「仲間が死んだ。国も乱れつつある。もう後には退けないんだ...。」
「どうして!せっかく会えたのに...」
泣き崩れる彼女を抱きとめながら、子供の頃と同じ、いい匂いがするのを感じていた。

「おぉーーーーー!!」
後方から歓声が上がった。本隊が合流したのだ。
サキュバスの悲鳴が聞こえ、大部隊の足音が地響きのように迫ってきた。
「地竜はもう目覚めているわ。眠りを邪魔されて怒り狂ってる。もう止められない。」
エルの表情にも怯えの影が見えた。
「お願い、貴方だけは死なないで。必ず生きて。貴方のお父さんがそうしたように...」
エルは続けた
「貴方のお父さんは、竜討伐の準備の為に、ここへ来たの。そして私の母に会った。
 母の制止を振り切って最下層に向かった貴方のお父さんは、地竜に殺される直前に、私の母に助けられたの。
 仲間を殺されながらも国へ帰ったのは、竜討伐をやめさせる為。大きな犠牲を払わぬよう、
 国王を説得する為に生きて帰ったの。」
「貴方に本当の勇気があるなら、みんなを連れて、国へ帰って」

俺は泣いていた。





父の思い、愛する女性の思いに、自分が守られてきた事を知った。
俺がすべき事ははっきりしていた。

その時、悲鳴と供に閃光が走った
ウィザードの部隊が放った魔法が、無数の光となって魔物の集団を襲った。
俺とエルも、その中にいた。


「...隊長、隊長!」
気が付くと、俺は部隊の中で横たわり、エルの姿は消えていた。
「良くぞご無事で」
部下の安堵の声に、周囲に敵が居ない事を知りながらも、俺は尋ねた。
「魔物は?」
部下は誇らしげに
「霧散しました。本隊に恐れをなしたのでしょう。ですが隊長の生還は奇跡です。」と。

水液で体力を取り戻した俺は、真っすぐ本隊長のところへ向かい、撤退を進言した。
「地竜の不意を突く作戦は失敗です。既に目を覚ました地竜は、我々を怒りをもって出迎えるでしょう。
 無駄な犠牲は避けるべきです。今すぐ撤退を指示してください。」
父をよく知る上官だった。俺にも何かと良くしてくれていた。
「貴様、命を失いかけて臆病風に吹かれたか?血は争えんな。親父と同じで命が惜しいと言う事か?」

...そういうことか
かつての国王は父の進言を聞き入れ竜討伐を中止した。
当時の兵士達は盛り上がる気運に水をさされ、父への不満を持つ者も少なからずいただろう。
特に地位の高いものは、国王の信頼厚い父に対し、嫉妬心を抱く者もいたに違いない。
そんな中、父は“臆病者”の汚名を着せられた。
“竜の棲家より生還した英雄”は、“仲間を見殺しにした卑怯者”としての蔑みを受けたのだ。
仲間への償いが、父を戦争へと駆り立て、
死に急ぐ父は、後に“死をも恐れぬ勇者”として称えられるようになったのだろう。

...行くしかない
何れにせよ、もはや進軍を止める事は不可能だった。
最下層を目前にし、サキュバスの大軍を退けた兵士は、さらに勢いづいていた。
このまま軍を退却させた所で、いきり立つ兵士が無用な戦争へと向かう事が用意に想像出来た。

...エルは生きているだろうか?
心の中で彼女に詫びながら、隊を再編成し、最前線へと向かった。
「よくぞ此処まで戦った。お前達は既に英雄だ。何も言わぬ故、帰りたい者は直ちに帰れ。」
まだ若い兵士達は、驚いた様子だった。
「命を守ることは恥ではない。命より大事なものを守る為には、命が必要な時もある。帰りたい者はおらぬか?」
悲しくも、帰ろうとする者は誰一人としていなかった。
「よかろう!俺は貴様らと戦える事を誇りに思う。残すはあと一匹!地竜を倒し、後世に英雄として名を成さん!」
心とは裏腹に、隊長として皆を鼓舞する必要があった。
予想通りの歓声が上がった。

方々で次々に雄叫びが上がった後、一瞬の静寂が訪れた。
すると、足元から地鳴りのような竜の咆哮が響いているのが聞こえた。
いよいよ、父が見た地竜と対峙する。

...父はこの声を聞きながら何を思ったのだろう

進軍の合図が遠くに聞こえた。




エルが草原に立っていた。
微笑みながら俺を呼んでいた。
薄れる意識の中、夢と現実が混在する世界を彷徨うようだった。

仲間が目の前で死んでいる。
自分が死んでいくこともはっきりと感じていた。
流れる血と、地竜の爆発音のような足音、
そして、あの草原の風を、同時に感じていた。

無残に蹴散らされ、引き千切られていく仲間の姿を記憶している。
だが、目の前にあるのは、あの子供の頃の草原と、大好きなエルの姿。
全てが夢で、全てが現実のようだった。

小指にはエルにもらった指輪が見える。
“エルに会いたい”
心からそう思った。
「...エル..に...会い..たい」

指輪が激しく光り、視界が一瞬真っ白になったかと思うと、俺は草原にいた。
始めは幻かと思ったが、頬に当たる草の感触と花の匂いが、現実と気付かせてくれた。

指輪が、俺を“一番行きたい所”へ運んでくれた。

...エル
...生きろってことだね
...そうなんだね

仰向けになると、雪は止んでいて、手が届きそうな空があった。

-完-



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